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第四回ふげん社写真賞
総評・選考員のコメント

[第四回 ふげん社写真賞 総評]

飯沢耕太郎(写真評論家)

 募集を開始してしばらくは、応募者の数がなかなか伸びず心配していたのだが、最終的には192点というこれまでの最高記録を更新した。展示と写真集の両方で自分の作品をアピールできるという、ふげん社写真賞の存在意義が広く浸透してきたということだろう。応募点数が多かっただけではなく、内容的にも今回はとても充実していた。作品のレベルの高さだけではなく、個性的なアプローチが目立っていて、審査していてとても楽しかった。本賞の未来がくっきりと見えてきたいい審査会だったと思う。

 グランプリに選ばれた守田衣利さんの「Tidal」は自らの人生と写真のあり方が、見事に一致した素晴らしい作品だった。守田さんは1998年の写真新世紀展で優秀賞(ホンマタカシ選)を受賞しており、その後に結婚してニューヨークで2005年に娘を出産した。それからハワイ、東京、上海、熊本、宮崎、サンタモニカ、サンディエゴと海辺の街を移り動きながら、撮影し続けた写真をまとめたのが本作である。まさに、潮の満ち引きのように揺らぎつつ変化していく暮らしの細部が、静かに、そして鮮やかに浮かび上がってくる。成熟と深みを感じさせる、いい展示と写真集が期待できそうだ。

 今回は他にもいい作品が多かった。中村烈さんの「92歳、タケの暮らし」は、盲目の「イタコ」の女性にカメラを向けた異色のドキュメンタリーだった。メディアに流布するオカルト的なイメージとは程遠い、92歳の明るい日々をいきいきと描写している。

 岩本賢吾さんは写真家になる前は溶接工だったというユニークな経歴の持ち主。スケールの大きなモノクロームの風景写真(「Dialektic」)のプリント技術は完璧で、コンセプトをより着実に定着していけば、いい作品になっていくだろう。

 木全虹乃楓さんは第2回目に続いて最終審査に残った。日々の出来事を皮膚感覚で切り取っていく作風だが、写真の選び方に切実感がある。「ひびをすべて喰むころには」というタイトルを見てもわかるように、言語感覚にもいいものがある。

 中国出身のコウ・レイエイさんは、APAアワード2024でもグランプリを受賞するなど、将来を嘱望されている若い写真家。中国の一人っ子政策に焦点を当てた「彼のこと、今でも知らない」は、今後さらに大きく展開していけそうないいテーマだ。

 島津啓さんの「水沼(みぬま)」は、個人的にとても好きな作品だった。洪水調節のための池(埼玉県見沼)の周辺を、4×5インチ判のカメラで撮影しているのだが、繊細で丁寧な風景の描写が魅力的だった。

 中尾睦美さんの「針の音」は実家のある島根県出雲市の風物を撮影している。神話的な形象のちりばめ方に独特のリズム感がある。さらに撮り込んでいくといい作品になって行くだろう。

 長垣夏希さんの「蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)」は「ひきこもり」という難しいテーマを扱っている。切迫感のあるいい作品だがやや閉塞的な印象を受ける。被写体になっている人たちの背景となる状況に、より広く目を向けていってほしい。

 藤崎陽一さんは、第1回目の公募に続いての登場。前回はモノクロームだが、今回はカラーの都市風景にチャレンジし、着実に作品世界を深化させた。

 宮地祥平さんは前回に続いて最終審査まで残った。ニューヨークで写真を学んだ彼の「Future Family」シリーズは、「見知らぬ人々」との身体的なコミュニケーションのあり方を。写真で問い直す意欲的な作品である。展示としても写真集としても、大きな可能性を秘めた作品として形をとりつつある。

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飯沢耕太郎賞
中村烈「92歳、タケの暮らし」

青森県八戸在住の中村にとっても、「恐山のイタコ」は、好奇心はそそられるが遠い存在だったのではないだろうか。「タケさん」を撮り続けるうちに、その「明るく朗らかに笑う」キャラクターに導かれるようにして、彼女の魅力的な人柄をより身近な距離感でとして浮かび上がらせることができるようになった。写真を介することで、新たな認識が育っていくプロセスを追体験することができる、目から鱗のプライヴェート・ドキュメンタリーである。

町口 覚(造本家)

選考会を終え、ぼくが思ったことは、やっぱり写真を撮り続け(られ)るということは凄いということだった。

 

それを再認識させてくれたのが、グランプリを獲得した守田衣利さんの作品「Tidal」だった。

 

ぼくはその守田さんの作品を限られた時間の中で何度も(プリントの裏面に記されたキャプションも含めて)見返したが、見足りないでいる。

 

この見足りなさを感受したのは久しぶりだった。

 

だから守田さん、見応えのある写真集をつくりましょうね。

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町口覚賞
宮地祥平「Future Family」

宮地祥平くんが、見知らぬ人々と共にカメラに向けてパフォーマンスを行い、レンズの前で2つの身体を奇妙に操り生み出したポートレートとランドスケープが、ぼくは大好きです。君が言うように、きっとこの作品は君(たち)のスティルライフになるのでしょう。

いつか本をつくりたいと思いました。

 

これからも、常に解放的に作品と向き合って下さい。

渡辺 薫 (ふげん社 代表)

 守田衣利さんは、写真を表現というよりはむしろ、世界を認識するための手段として生きて、発表してきた人です。その眼は、人生に訪れるかけがえのない一瞬を逃しません。それは光というよりは影(死)からの視点によって貫かれ、それゆえにより輝きます。メメント・モリなのです。人生に必要なのはパンなのではなく、その一瞬のきらめきに反応する心の動き(詩)なのだと改めて感じました。

4回目を迎えたふげん社写真賞のグランプリ受賞者は、これまで20代が1人、30代が2人です。今回の守田さんは50代です。長く写真を続けてきた方の受賞は、とりわけ意義のあるものだと思います。

 「私はわからないことがあると写真を撮って、そこから理解しようとしてきました。生きづらさをじぶんなりに克服する道具が、写真でした」と守田さんは語ります。

 世界は言葉にならない事象に満ちているということに一番敏感であるのが、詩人であるならば、若い時に心に詩を持つことはわりあい簡単なのです。しかしながら、人生を経てそれを継続するのは難しい。

 ふげん社写真賞に意義があるとすれば、年齢制限をもうけていないことなのかもしれません。どの世代でも、生きて、動いて、意欲する作家と出会い、ともに世界に一冊の美しい本を作ること。その一冊が世界を変える一冊になることを目指すことなのだと思います。

 守田さん、グランプリおめでとうございます。心からの祝福を贈ります。

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